2017年4月23日 (日)

茶ノ木神社(布袋尊)と芳味亭 ~日本橋七福神めぐりに行きました!その11~

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 日本橋七福神の最後を飾るのが、茶ノ木神社。ビルの敷地の一角という感じですが、このあたりは昔は、堀田家の中屋敷。その守護神として祀られ、社のまわりには茶の木が植えられ、見事だったとのこと。このあたりで永年火災が起こらなかったことから、火伏の神と崇められ、堀田家では年1回、初午祭の時だけは、開門し、一般の参拝を許したとか。

 なんか水天宮の逸話を思い出します。

 布袋尊については、歴史は浅く、昭和60年に遷座したものとの由。

Imgp4490  七福神めぐりのあとは、甘酒横丁の先の洋食 芳味亭で食事をいただきました。

 洋食弁当をいただきましたが、オーソドックスな洋食でおいしかったです。

星評価 ★★★

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2017年4月22日 (土)

小網神社(弁財天) ~日本橋七福神めぐりに行きました!その10~

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 最近、ココログの編集画面がうまく動きません。Edgeを使って編集画面で文字を打つと、前の文字が削除されたりすることがあります。他のブラウザでは試していないので、原因が特定できておりませんが。

 さて、小網神社ですが、この地には昔、万福庵という観世音と弁財天とを安置する庵がありました。観世音と弁財天は、日本の浄土教の祖とも呼ばれる恵心僧都の作と伝えられるそうで、庵の開基は、千年前くらいであろうとのこと。

 文正元年(西暦1466紀元2126年)、このあたりで悪疫が流行します。そんな中、網師の翁が海上で網にかかった稲穂を持ち、この庵を訪れ、数日間、この庵で過ごします。ある夜、庵主の夢枕に、恵心僧都が現れ、網師の翁を稲荷大神と崇めれば、悪疫が消滅すると告げます。翌朝には、翁の姿はなく、村人に不思議な出来事を伝え、神社を創建。日夜祈願を続けると悪疫は収まったそうです。

 領主の太田道灌も、この話を聞き、土地を寄進。小網山稲荷院万福寿寺と名付けられたそうです。

 明治維新後の神仏分離で、寺社は分離。小網稲荷神社となります。この神社は、「強運厄除の神」と信仰され、関東大震災の際、宮司が御神体を抱え新大橋に避難したが、隅田川の橋が次々と焼け落ちる中、唯一被災しなかったとか。また、第2次世界大戦の際、本神社で行った出征奉告祭に参列し、当神社の御守を受けた兵士が全員生還したなどのエピソ-ドがあるそうです。

 七福神としては、弁天さまですね。神仏分離の際、社寺は分離しましたが、その後寺が廃絶してしまったため、神社に遷座されたとの由。

 像が舟に乗られていることから、万福舟乗弁財天と称し、境内の「銭洗いの井」で金銭を清めると財運を授かるとされ、東京銭洗い弁天とも呼ばれているとのことです。(次の記事へ

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2017年4月21日 (金)

椙森神社(恵比寿神) ~日本橋七福神めぐりに行きました!その9~

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 行程中によったのが、小津和紙。資料館のようにもなっており、本来は和紙の販売なのですが、書に関連するグッズなども販売しています。

 中身も見物ですし、購入できるものも、珍しいものが多いので、寄ってみる価値はあるところだと思います。

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 次によったのが、椙森神社。こちらが本来の七福神の恵比寿神です。

 江戸時代には、江戸三森に数えられた神社だとか。

 富くじが行われたことを偲んで、富塚の碑があります。(次の記事へ

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2017年4月19日 (水)

寶田恵比寿神社 ~日本橋七福神めぐりに行きました!その8~

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 この神社は、日本橋七福神めぐりのパンフレットには載っていないのですが、ホームページには載っています。

 ホームページに載っている神社だと八福神ということになるのかもしれませんが。

 ただ、七福神めぐりだと、神社の数がぴったりでないパターンもあるのではという気もしますが。(次の記事へ

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2017年4月18日 (火)

三光稲荷神社(七福神ではありません) ~日本橋七福神めぐりに行きました!その7~

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 工事中だったこともあり、イマイチな写真ですが、玄冶店跡の石碑です。

 玄冶店言っても私は、ピンと来ないのですが、岡本玄冶という医師がこのあたりに屋敷を拝領したことから、そのように呼ばれているとの由。有名になったのは、歌舞伎の与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)の舞台の元ネタになったからだそうで、お富さんと切られ与三郎の話とのこと。春日八郎の「死んだはずだよお富さん」の元ネタというところで、ようやくふーんという感じでしょうか。

Imgp4443_2 近くには、「うぶけや」という江戸時代から続く刃物屋さんがあります。

 うぶ毛でも剃れるかみそり、抜ける毛抜きということで、評判を受け、名付けたものだとか。

 「うぶけやで切れないものは、毛抜きとお客様とのご縁」というのがキャッチフレーズだそうで。

Imgp4448 その近くにあるのが、三光稲荷神社。こちらは江戸時代、中村座に出演していた関三十郎が勧請したものだとか。

 ある時、中村座で三十郎が出演していたとき、光のような閃きがあり、大当りとなったとか。それは、この稲荷神社の加護によるものと信じた三十郎は、この稲荷を三光稲荷と称するようになったとか。

 ちなみにこの稲荷の前の道は、三光新道(さんこうじんみち)といい、落語の百川という話に出てくるそうです。

 実際には、少しずれた場所にあったそうではありますが。(次の記事へ

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2017年4月17日 (月)

末廣神社(毘沙門天) ~日本橋七福神めぐりに行きました!その6~

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 笠間稲荷から街区を少し入ったところに、末廣神社があります。小さい神社ですが、江戸時代からの初期から続く由緒ある神社だそうです。

 このあたりには、江戸時代の初期の頃には吉原があったそうです。吉原は葦原から来ているのですね。この神社は、その葦原の地主神として信仰されていたそうです。現在でも元吉原総鎮守を名乗っているとか。

 毘沙門天は、勝負事の福の神。吉原のイメージとは少し違いますが。(次の記事へ

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2017年4月16日 (日)

笠間稲荷神社(寿老人) ~日本橋七福神めぐりに行きました!その5~

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 松島神社から甘酒横丁に入り、甘酒横丁をしばらく行くと、緑道に出ます。そこに鎮座しているのが弁慶像。勧進帳の場面のものです。このあたりは、江戸時代、芝居小屋が多くあったそうで、歌舞伎とともに人形浄瑠璃も人気を博していたとか。その人形浄瑠璃のために、人形師たちの産業集積が起こり、人形町と呼ばれるようになったとのこと。

 説明の看板には、「江戸歌舞伎発祥の地と言っても差し支えない」という微妙な表現で書かれています。

 「江戸歌舞伎発祥の地」 というと、京橋を思い出しますが、はて、本家争いをしていると考えるべきか否か。

 甘酒横丁は、2006年にはじめて「街」カテゴリで記事を書いたところです。当時、私の祖母が最晩年で、甘酒しか受け付けない状態で、それを求めにいった記憶があります。

Imgp4431  清洲橋通りに出て、久松町交差点の先にあるジョナサンと同じ建物にあるのが、「賀茂真淵県居の跡」レリーフです。

 なんと、この場所ではなく、北東100m先にあったというよくわからない設置の仕方をしています。

 この辺は、色々突っ込みたくなるものが多いのですが、もう一つが金座通り。

 金座というのは、江戸時代は、日本銀行のあたりにあったはずですが、なぜか金座通りらしいです。

Imgp4432 その金座通りに面しているのが、笠間稲荷神社。日本三大稲荷に数えられる茨城の笠間稲荷神社の東京別社だそうです。

 稲荷というと、私は、王子稲荷を思い出してしまうのですが、王子稲荷は、東国三十三国稲荷総司であるにもかかわらず、〇大稲荷の中に入っていないようです。

 〇大稲荷は、定説はないようなので、諸説ありということでしょうか。

Imgp4433 寿老人は、本殿ではなく、末社の方にお祀りされているようです。(次の記事へ

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2017年4月14日 (金)

松島神社(大黒天) ~日本橋七福神めぐりに行きました!その4~

Imgp4424

 そういえば、ココログの写真のアップロード制限が1MBから3MBに変わったそうで。とはいいつつも、ブログを見るとき、あまり重いのもなんだしなあと思いつつ、これまで写真をアップロードするときは、950MBにしていました。使っているソフトのディフォルトの設定は1MBなので、写真を加工するときの手間が少しだけ、短縮になるかもしれません。

 それはさておき、水天宮から新大橋通りを渡る交差点のところに、「重盛の人形焼き」の看板のある和菓子屋さんがあります。人形焼きは、人形町が発祥だそうで、グループの先輩のいうには、人形町には3軒お店があるとのこと。東京みやげにもなっているとか。

 その交差点から少し入ったところにある、松島神社。ビルの一角にあるその姿は、東京らしいというべきか。ビルの名前は松島ビルとなっており、ロードサービスの会社など、いくつかの会社が入っていました。

 しかし、この神社の創立は古く、口伝とのことですが、鎌倉時代の元享(西暦1321~1323紀元1981~1983)以前とのこと。このあたりが海であったころ、小島があり、邸内に諸神を勧請し、夜ごとに燈火を掲げ、航海の安全を図ったとか。

 ここが大黒天なのは、祀られている神の中に大国主神が在るからですが、大国主神は、記紀で有名な国譲りの神ですね。大黒天と習合されたのは、大黒が大国に通じるからだとかそうでないとか。当初は、破壊と豊穣の神だったそうですが、豊穣のみが残り、食物、財福を司る神と信仰されているとのこと。

 ビルも財福につながりそうな気もします。(次の記事へ

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2017年4月10日 (月)

水天宮(弁財天) ~日本橋七福神めぐりに行きました!その3~

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 まず起点は水天宮です。 水天宮には、天御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)、安徳天皇、建礼門院、二位の尼 が祀られています。

 安徳天皇は、平家物語で有名な壇之浦で水死した幼帝です。安徳天皇の母、建礼門院に仕えていた女官、按察使局(あぜちのつぼね)伊勢は、壇之浦の戦いの後、千歳川(現筑後川)の辺り鷺野ヶ原(さぎのがはら)に遁れて来て、建久初年(西暦1190紀元1850)初めて水天宮を祀ったそうです。

Imgp4422  有馬藩2代目当主 有馬忠頼は久留米に社殿を寄進し、それ以降も歴代藩主により水天宮を崇敬していた。第9代藩主 有馬頼徳公は、参勤交代の折も参詣できるよう、文政元年(西暦1818年紀元2478年)に藩邸内に勧進。藩邸内にあったため、一般人の参詣は難しかったが、当時も江戸内にて信仰を集めていた水天宮。塀越しに賽銭を投げ入れるものも後を絶たず、毎月5日の日には、屋敷の門を開き、人々の参詣を許したとか。

 そのことから、「情け有馬の水天宮」の地口が広がったとか。

 2枚目の写真は、寳生辨財天(ほうしょうべんざいてん)。江戸の頃、有馬藩上屋敷内に、市杵島姫(いちきしまひめ)神も祀られていて、有馬頼徳公は加賀の前田斉広(まえだなりなが)公と能楽の技をを競った際、弁財天に願をかけ、勝利をおさめたとか。

 市杵島姫神は、天照大神と須佐之男命の誓約の際、天照大神が須佐之男命の剣を噛んで生じた霧から生まれた三柱の女神のうちの一柱ですが、神仏習合の際、弁財天と同神とされたとか。

 七福神めぐりとしては、こちらがメインとなりますね。(次の記事へ

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2017年4月 9日 (日)

玉ひでには行けず。 ~日本橋七福神めぐりに行きました!その2~

Imgp4413

 日本橋七福神行きのグループの集合が午後からなので、 その前に昼食をとろうと、水天宮前の駅を降りて歩きます。このあたりは、はじめてだったので、地図を片手にあたりを見回しながら。

 狙ったのは、親子丼発祥の店で有名な玉ひで。しかし、店のところに行ったら大行列。

 こりゃだめだということで撤退したのですが、歩いているうちに時間が迫ってきたのに気が付きました。そこで、近くにあった立喰そばに入ることにしました。

 福そばというお店で、ちょっと佇まいが昔風な感じ。味もまあおいしかったです。

 でも、立喰ソバの量では、少しもの足りないかなということで、水天宮駅の近くの気になったパン屋さん まつむらで、パンも購入。

Imgp4415 ついでに、自宅への土産も購入。

 集合場所の水天宮駅に向かいます。(次の記事へ

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