ニュース

2019年7月 3日 (水)

三つ子虐待 サバイバー側の意見の方が正しいかな。

親が子どもを傷つけ、命を奪うとき、そこに「仕方がなかった」は存在するのか--。
 3月15日、ある刑事事件に対して下された第一審判決が関心を集めた。この判決を下したのは、名古屋地裁岡崎支部における裁判員裁判。三つ子のうち次男を床にたたきつけて殺害したとして傷害致死の罪に問われていた母親(30歳)に対し、懲役3年6カ月という実刑判決が下されたのだ(検察側の求刑は懲役6年)。(中略)

SNSなどでは、被告と同じ三つ子や双子の育児経験者から「三つ子の育児は想像を絶する苛酷さ」とする、擁護の声が広がっている。

(中略)

 一方で、その流れに異を唱える人たちも存在する。

 子どもの頃に虐待を受けて育った人たち、通称「虐待サバイバー」だ。発起人の“虐待サバイバー”さんは「実刑判決は妥当である」とする、いわば擁護派に反対するかたちの署名活動を、 同じくchange.orgで始めた。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2019/04/post_27438.html
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 虐待サバイバーが完全に正しいですね。執行猶予を認めるのであれば、ご本人たちはそのつもりはないと主張するでしょうが、「間引きOK」の論理につながりかねません。大変ならば、ヘルプを求める。擁護派は、子どもの利益を第1に考えていませんし、死んだ子ならもはやということ?

 署名サイトは、下記にあります。

https://www.change.org/p/名古屋高等裁判所刑事部-豊田市の三つ子次男虐待死事件における母親への実刑判決は妥当であるという意見を示そう

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2019年6月16日 (日)

札幌児童虐待とベビーP事件

 札幌の児童虐待の報道が過熱していますね。

 まさにベビーP事件の様相を示してきました。

 日本では、専門職間の転職が少なく、比較的影響が出にくいかとは思いますが、それでも児童相談所というと専門職が多い職場。人材の確保が困難となることも十分に考えられます。無責任報道が非常に残念です。コメンテーターも自らの倫理に照らしてきちんと考えていただきたいものです。

 

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2019年6月11日 (火)

モンスタークレーマー擁護って、同じ穴のムジナだから?

 九州のさる自治体で、弁護士や警察と相談したうえで、窓口での対応を拒否する通知を行ったということが報道されています。(ホームページ上でも告知がないのでウラを取ることができませんでした。)問題なのは、その報道姿勢。炎上商法で、逆に注目を集めるという手口だといけないので、あえて、紐づけはしませんが。

 「弁護士や警察と相談」ということは、一定のリーガルチェックはされているとのこと。当然、それに対する反論は、一定の根拠を必要とします。

 問題なのは、報道する側で、行政が市民を排除しているとの、根拠のない主張を垂れ流しています。

 当然、「市民」として、期待できるだけの対応を行うべきだというのであれば、クレームの入れ方の状況などを検証してからでないと、公正とはいえないと思うのですが、そういった内容を示す記事内容はありません。

 「行政」というだけで、市民を排除してはいけないという観念論を繰り返すというのは、単なるモンスタークレーマー擁護と見做される恐れがあれます。妥当な「市民」としての対応を逸脱した反応を示す「顧客」というのは、現在、官民問わず、いくらでも目にする風景です。そういう風潮を看過し、「市民」(を名乗る存在)を大した根拠もなく擁護するのは、その記事を補強している「有識者」も含めて、現実を踏まえない、空論だけの存在というのは、自白するようなもの。「市民」で良いのであれば、「お客様」を排除するのは怪しからんという考え方につながります。「お客様」という立場の優位性を背景になされる、利益につながらない「クレーム」に苦しむ働き手がいかに多いことか。

 それを擁護するというのは、普段、弱者の味方を気取るメディアらしからぬ行為です。真実は「弱者の味方」ではなく、モンスタークレーマーと同様の行動をとるだけの存在だからこそ、擁護したくなるのではと勘繰りたくもなります。

 モンスタークレーマーは、企業にとって、利益を生まない存在。公共部門にとっても同じでしょう。それは、全ての「市民」に対して損害を与えていること。それを擁護する者は、全ての市民にとってどんな存在なのでしょうか。

 

 

 

 

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2019年5月 8日 (水)

踏み間違い事故 AT車普及の因果応報

 東京・池袋で暴走した乗用車に母子がはねられて死亡した事故で、警視庁が車の安全性を検査した結果、アクセルとブレーキに異常は見つからなかったことが7日、捜査関係者への取材で判明した。
 車を運転していたIは同庁の任意の調べに「アクセルが戻らなくなった」と説明していた。その後、同庁がメーカーの担当者とともに車を調べたところアクセルなどに異常はなかったという。Iがアクセルとブレーキを踏み間違えた可能性がある。

 引用文中、名前を伏せ字(イニシャル)に変えています。20年前近い肩書を報道するのは、事件には何の関係もないし、公益性もない(犯罪行為に近い)と思うからです。

 それはさておき、予想どおり、アクセルの踏み間違え事故だったようですね。加齢による対応力の低下で、間違えが起こってからの対処スピードが落ちて、重大な結果になったということもあるのでしょうが。

 実は、MT車だと、踏み間違え事故が起こりにくいという主張があります。下記のサイトでは、クラッチを動力断絶システムと解し、そのために対処がしやすいという観点から、解説しています。(MT車でも踏み間違えが起こるという主張をしているサイトもありますが、ただ単に踏み間違いがありうるとするレベルであり、下記サイトとは内容に著しい差があります。)

http://www.shift-up-club.com/05atmt/051at/mt_38.html

 安易な技術導入により、AT車専用免許などが乱発され、死亡事故が激増する。現在では、レンタカーなどはAT車ばかりです。(特段の指定でもしない限りはAT車という状況)上記の記事で、指摘しているフェイルセーフ(間違えても大事故に至らない対策)が求められるところですが、そこまでに至らないのに普及が進んだというのが、現在の状況の要因のひとつでしょう。欧州ではMT車比率が高いために事故が起こりにくいとの記事(根拠が書いていないので、どこまで本当かわかりませんが。)もありましたが、それであれば、今の状況は、安易な技術に飛びつく日本社会の因果応報ともいえるのかもしれません。

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2019年4月24日 (水)

まっとうな判断かな

 原子力規制委員会は24日、建設が遅れている原発のテロ対策施設について、設置期限に間に合わない原発に対し、運転停止を求める方針を確認した。電力会社の求めていた期限延長などは認めなかった。すでに再稼働した関西、四国、九州の3電力の5原発9基は、期限を迎える2020年以降に順次、運転停止を迫られる。

 そりゃそうでしょうね。スリランカであんなことがあったばかりだし、それよりもはるかにレベル違う脅威を想定しないのは、単なる平和ボケでしょう。

 私は、ほどんど科学的根拠のない主張を繰り返し、不安のみを煽るような輩は、好きではありませんが(そういう輩の主張が「票」につながらないのも当然かな)かと言って、ダラダラやるべきことをしないというのも感心しません。

 実際の電力需要に影響が出ないよう、やるべきことをやっていただきたいものです。

 

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2019年3月 9日 (土)

ゴーン氏の「変装劇」理解できるなあ

 ゴーシ氏の「変装劇」、エー?と思ったのですが、昨日、マスコミが家族で公園に出かけているところをしつこく取材している画面を繰り返し見せられ、考えが変わりました。

 あの場面を無断で放映することは、何の公益性もないですよね。「国民の知る権利」をはき違えていませんかね。それが無批判に、たれ流しになっている状況って。

 そんな輩たちが野放しにされている環境で、少しでもプライバシーを確保するための「あがき」だったかもしれませんが、配慮を行うのは、理解できるなあ。

 第4の権力ってのが、もっとも始末に悪いですね。

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2019年2月 8日 (金)

全国一斉緊急安全確認、キャンペーン型マネジメントとどう違うのかな?

 千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さん(10)が自宅で死亡し、両親が傷害容疑で逮捕された事件を受け、政府は虐待を受けている可能性がある子どもについて全国一斉に緊急的な安全確認を行うことを決めた。

(中略)

虐待相談があった家庭の子どもや、一時保護されたことがある子どもについて、児相などによる緊急の安全確認を行い、必要があれば躊躇(ちゅうちょ)なく一時保護をすること、さらに、一時保護の解除は慎重に判断することを、強く求める。

 政治家によるパフォーマンスの匂いがしてしまいます。ドラッカーを読んだことがある人はご存知かなと思いますが、キャンペーン型マネジメントという考え方があります。

https://diamond.jp/articles/-/2044  (リンク先 自己満足に終わるキャンペーン型マネジメント)

 キャンペーン型マネジメントとは、収益増加月間のように、特定のテーマについて重点的にやっていくような取り組みです。

「在庫減らしの四週間が終わると、コスト削減の四週間が続く。その後は顧客サービスの四週間である。その頃には在庫はもとに戻っている。肝心の仕事はずっとお留守である。トップが考えること、言うことは在庫のことばかり、あるいはクレームのことばかり。ほかのことは何も知りたくないといわんばかりである。」(『マネジメント–-課題、責任、実践』)

 今回の対応が、「緊急確認の4週間が終わると、保護者支援の4週間が続く。その後は、被虐待児ケアの4週間である。その頃には、確認の度合いはもとに戻っている。肝心の仕事はずっとお留守である。トップの考えること、言うことは緊急確認のことばかり、あるいは保護者支援のことばかり。ほかのことは何も知りたくないといわんばかりである。」みたいにならないことを祈ります。自治体側でうまくこなしますかね?

 ちなみにドラッカーは次のようにも言っています。

「キャンペーン型マネジメントは、マネジメント不在の証しである。無能の証しである。マネジメントが、考えることを放棄している証しである。何よりも、部下たちに期待すべきことが何かを知らず、したがって彼らを方向づけする方法を知らず、彼らの方向づけを誤っていることの証しである。」(『マネジメント–-課題、責任、実践』)

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2019年2月 6日 (水)

扇情的な児童虐待報道規制の必要性

 ニュースカテゴリなのに元記事を引用しないのは、珍しいのですが。

 児童虐待に対しての扇情的な報道が溢れている気がします。

 扇情的な報道は、本人たちは「検証」のつもりでしょうが、断片的な情報のもと、知見を集めない「検証」がどのような効果を持つかは、「ベビーP事件」の例を見るまでもありません。(ベビーP事件については、「非難の文化と魔女狩り症候群」参照。あわせて扇情的な「報道」が娯楽の側面を持っていることは、「非難の文化の正体」参照。)

 児童虐待防止法第4条では、次のように規定しています。

5 国及び地方公共団体は、児童虐待を受けた児童がその心身に著しく重大な被害を受けた事例の分析を行うとともに、児童虐待の予防及び早期発見のための方策、児童虐待を受けた児童のケア並びに児童虐待を行った保護者の指導及び支援のあり方、学校の教職員及び児童福祉施設の職員が児童虐待の防止に果たすべき役割その他児童虐待の防止等のために必要な事項についての調査研究及び検証を行うものとする。

 これは、国及び地方公共団体の責務を規定したものですが、こういう「検証」でシステムが正されるような仕組みとなっています。

 このような検証が行われる前の扇情的な報道は、何らかの形で規制するべきではないでしょうか。

 こういうと「報道の自由」との関連で反発もあるでしょうが、その「自由」に基づく、社会への便益と弊害を見てみると弊害の方がはるかに多いような。

 例えば、「自殺報道ガイドライン」のように、ガイドライン的な規制でもまだましでしょうか。

 尤も強制力のないガイドラインは、あまり守られないのですが。

 

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2019年2月 1日 (金)

処分すればいいってもんではないと思いますが。

 31日、野田市は記者会見を開き、心愛さんが児童相談所に一時保護されるきっかけになった「父親に暴力を受けている」「先生、どうにかできませんか」と小学校に訴えたアンケートを市の教育委員会が、栗原容疑者に渡していたことを謝罪した。

(中略)

 野田市は、心愛さんのアンケートを栗原容疑者に渡した行為は、情報公開条例違反に当たる可能性もあるとみて、関係者の処分を検討しているという。

 こういうパターンのときは、世間は、教育委員会をたたいて終わり。市は、職員を処分して終わりというのが、最悪の終わり方ですね。(違った形のベビーP事件だと言えるでしょう。)

 これは、クレーマー的な対応を行う虐待者への対応をシステム的にできていないということが要因です。例えば、通報協力者が零細な私立保育園、私立幼稚園だったらどうでしょう。

 通報協力者を守ることも含め、虐待介入の権限にて、関係者を守る仕組みも必要だということが本質では。

 虐待者は歪んだ自分の主張を通すことに全身全霊を注ぎ込むのでしょう。それに対して、的確に枠決めし、適切な方向に行動変容を図る仕組みが検討されるべきかと。

 マスコミの安易な批判などにめげず、適切な検証が行われることを願うものです。

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2018年12月29日 (土)

不適切保育と児童虐待防止法、通報者保護について

 保育所で昨年10月に録音したという音声を聴いた。園児たちのかわいい声に混じり、たびたび女性の保育士が怒鳴っているのが分かる。「おしっこ出る」と訴える園児に「行けばいいやん。なんで泣くと」と声を荒らげ、「なんでここで漏らしたと」と問い詰める。 「口にセロハンテープを貼ったり、部屋の隙間に追いやって怒鳴ったりするのを見て耐えられなかった」。元保育士の女性は振り返る。先輩保育士に訴えると「ここでやっていきたいなら黙っていた方がいい」と言われたという。女性は昨年春から勤務したが、1年足らずで退職。「自分は何もできず、子どもを助けてあげられなかった」

 テレビでもやっていましたが、とある保育園での出来事。福岡市では監査に入ったようですが、ここで福岡市が入る根拠が気になったので調べてみました。「監査」ということなので、児童福祉法に基づく指導ということなのでしょうが、これは本来「虐待」の制度の中で、捉えるべきなのでは。

 高齢者虐待防止法及び障害者虐待防止法は、それぞれ「養介護施設従事者等による高齢者虐待」「障害者福祉施設従 事者等による障害者虐待」「使用者による障害者虐待」という概念があり、対策が不十分ながら行われています。(対策といいつつ、保育と同様に指導権限の行使ということになるのでしょうが。)当然、虐待に至らない「不適切な介護」等も含めて、対処がされているわけです。

 しかし、児童虐待防止法の場合、児童虐待の定義は、「保護者」のみで、保育施設等が入ってきません。そうなると指導機関への通報や防止、初期の介入などの対策が、甘くなるような気がします。

 統計上も、児童虐待としての集約が行われなくなるので、実態も判明しづらくなります。高齢者虐待や障害者虐待の場合、定期的な公表が行われ、社会に対し、一定の発信が行われるのですが。

 それから、施設内虐待の場合、通報についての、通報者保護のような仕組みも不十分なのかもしれません。ちなみに公益通報者保護法の対象の法律が消費者庁のホームページに掲載されていますが、高齢者虐待防止法や障害者虐待防止法は、入っていません。(介護保険法などは入っているようですが。「虐待」に焦点を当てるためには、明示的に対象にするべきでしょう。)

 「自分は何もできず、子どもを助けてあげられなかった」ことの要因となる仕組みの問題というのがあるような気がします。

 

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