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2018年1月21日 (日)

虎ノ門ヒルズ ~浜松町から赤坂まで歩きました!その9~

写真

 道を歩く中、見えてきた高層ビルは、虎の門ヒルズ。

 この虎ノ門ヒルズ、昭和21年(西暦1946年紀元2606年)に最初の整備計画が決定された環状2号線の上に建っています。

 この環状2号線、都心部にありがちな用地買収の難航によって永年凍結されていました。

 計画が建てられたのが、戦後まもなくだったため、アメリカ大使館から竹芝桟橋までの大道路が構想されたのだと、「マッカッサー道路」という俗説も広まったそうです。

 実際には、GHQは、このような大きな都市開発にどちらかというと反対の立場であり、計画は後藤新平の帝都復興計画(関東大震災からの復興計画)を参考にした東京都建設局のプランをベースに閣議決定されたものとのこと。

 道路自体は、平成10年(西暦1998紀元2658)に道路を地下化することで、地元の合意を取り付け、着工に向けて動き出しました。平成14年(西暦2002紀元2662)に、立体道路制度を活用、都道の上にビルを建築する構想を発表。森ビルが参画を決め、事業化が進みました。このスタイルは民間が計画段階から参画する「事業協力者方式」の第1号だそうです。

 これだけの大規模なものだとそういう方式も必要なのかもしれませんが、公平性とかの観点はどうなのかなというところはありますが。

 実際、東京都は4棟のビルを建築する考えだったそうですが、森ビル側が一棟への集約を主張し、それが反映されたそうです。

 大規模なビルはランドマークにもなりますし、高度な土地利用、周辺施設の緑化など、都市としての機能を果たす面もあるでしょう。

 こういった選択が正しかったかどうかが判断できるのは、ビルの寿命を経た後でしょうか。(次の記事へ

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