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2016年12月31日 (土)

佃島渡船場跡 ~月島から築地まで歩きました!その7~

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 平成28年も最後になりました。 ほぼ日(ほぼ日刊)で更新している「りぞあかぶろぐ」ですが、確認してみたら、1月25日、2月20日、4月6日、4月8日の4日間の記事がありませんでした。

 ここのところ、記事が押している感じなので、ネタがないというよりは、書けなかったということでしょうね。

 それでもなんとか続けることができたのは、何よりでした。

 このブログをご訪問いただいた方々に感謝申し上げます。

 さて話を戻して、隅田川沿いのところにくると、佃島渡船場跡に碑があります。昨日、住吉神社は、摂津国佃村の漁師が分社したことに触れましたが、佃島そのものが彼らによって築島されたものです。

 摂津国佃村の漁民たちは、本能寺の変の際、岡崎に戻ろうとする家康に神崎川というところで、舟を提供したとかしないとか。それが縁で、家康が江戸に入る際、漁業権を与えられ移住してきたとのこと。彼らは、石川島近くの砂洲を埋め立て、そこを故郷にちなんで佃島と名付けました。

 佃の渡しは、佃島と対岸の船松町を結ぶ渡しとして設けられたとの由。明治時代には、渡し賃が一人5厘だったことから、五厘の渡しと呼ばれ、昭和2年には有料の手漕ぎ渡船から無料の曳舟渡船になり、渡船場の諸施設が整備されたことを記念し石碑が建てられたとの由。対岸にも同じように石碑が設置されているそうです。

 この渡しは、佃大橋が設置される昭和39年8月(西暦1964年紀元2624年)まで運行されていたそうです。昭和39年というと、前の東京オリンピックの年ですね。五輪の開催で、都市基盤が整備される中、江戸の面影が消えていく当時の時代の空気を思わせます。

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