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2015年9月17日 (木)

朝の銀山温泉 ~山形への旅2015その7~

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 翌朝は、幸いにも晴れました。朝食前の散歩には良い感じです。

 道端に置いてあった鉢の一つに紫のサギ草がありました。サギ草というと、白いイメージがありますが、珍しいですね。

 サギ草は世田谷区の花となっています。これは、世田谷区の奥沢付近のサギ草に関する伝説からきているようです。

 なぜか目黒区のホームページにその内容が載っていました。次の話はそこからの引用です。

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  世はまさに戦国時代。各地の大名が兵を起こし、群雄割拠の様相を呈していたころのこと。世田谷から衾村、碑文谷郷一帯は、世田谷城主吉良頼康の支配下にあった。

 頼康は、奥沢城主大平出羽守の娘常盤姫を側室として迎えた。やがて、常盤は子をみごもったため、頼康はことのほか常盤をいつくしむようになった。 血筋を絶やしてはならない大名のしきたりに従って、頼康には、常盤のほかに12人の側室がいた。彼女たちは、頼康を一人占めにする常盤をねたみ、「常盤様のお子は、殿のお子かどうか疑わしい」などと、まことしやかに頼康につげ口し、常盤への愛情を妨げようとたくらんだ。常盤の悪いうわさを、頼康は否定しながらも、心の中にはいつの間にかどす黒い疑惑の霧がたち込めていった。自然と常盤へも冷たい仕打ちをするようになった。

 とりなしてくれる者も無く、悲しみに暮れた常盤は、「いっそ死んで、身の潔白の証しにしよう」とまで思いつめた。奥沢城の父にあてて遺書をしたためると、小さいころからかわいがって、輿入れの際にも一緒に連れて来た、1羽の白鷺の足に結びつけ、奥沢の方角へ放った。 主人のただならぬ様子をさとったかのように、白鷺は奥沢城目指してまっしぐらに飛び去った。

 ちょうどそのころ、衾村で狩りをしていた頼康は、この白鷺を見つけ射落としてしまった。みると、足に何やら結びつけてある。不審に思って開いてみると、姫から父へ覚悟の自殺を報じた文であった。驚いた頼康は、急ぎ城に帰ったが、時すでに遅く常盤は自害し果てた後であった。傍らには、死産の男の子の姿があった。 疑いは晴れたが、もう常盤も子も戻っては来ない。

 深く後悔した頼康は、せめてもの償いにふたりの霊を慰めようと、領内の駒留八幡宮に若宮と弁財天を祀ったのである。 一方、使命半ばにして倒れた白鷺は、よほど無念だったのか、その地に鷺の飛翔する姿の花を咲かせる草になったという。

 このほか、密書を運んだシラサギなど、違う内容の伝説もあるようですが。山形の地で東京を思い出した瞬間でした。

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