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2006年11月21日 (火)

「いじめを許す心理」 「認知的不協和」

 前回の記事で紹介した「認知的不協和」のプロセスをたどる自己正当化のメカニズムについて、紹介したいと思います。

 「いじめを許す心理」では、傍観者層の属性を調査し、典型的傍観者タイプの生徒像のモデルを示しています。父親はホワイトカラー、母親は専業主婦、おこずかいは標準以上にもらっていて、時代のトレンドに乗ることが望ましいとの価値観を有しているが、先行きを見通そうという意思は人並み以下だそうです。

 この本は98年2月が第1版発行であり、現在では属性が違ってきているかもしれませんが、簡単に言うと周囲の様子を見ながら自らの態度を決めていくタイプということでしょう。

 著者は、このモデルのような子は、父性の影響が少なく、道徳規範意識の弱いと考えます。そのことが、「認知的不協和」による自己正当化に影響を与えているとしています。

 「認知的不協和」とは、今まさに巻き込まれている状況への自らの関わり方と、それを自分でどう評価するかということが、お互いに矛盾するような葛藤場面とのことです。

 いじめの例で言うと、いじめが行われたのを目撃した際、黙認してしまったとします。それに対し、いじめ自体を良くないことだと考えて、自らの黙認を反省し、今後は止めさせる方向で関わるというケースと、黙認自体をやむを得ないと自己正当化を図るケースが考えられます。

 「認知的不協和」の状況では、「良くないこと」という認識の強さによって、自己正当化を図るか否かが決まってくると著者は考えます。つまり、前提となっている状況そのものへの評価ではなく、自分の行為を正当化するために、状況そのものへの評価を変えてしまうという態度を取りやすくなるということです。

 「認知的不協和」の状況で、そのようなプロセスが起こりうることは、実験で証明されているそうです。(実験の実例が紹介されていました。)

 まあ、このような理屈が出てこなくても、「自分をごまかす」だとか、「思い込む」なんていうのは、有り得る話なような気がしますが・・・。体系的に整理するとこういうことになるのでしょうか。「いじめ報道」のブログでの反応」 のコメントに書いたように、「いじめられる側にも・・・」の類の意見には、そのような自己正当化が潜んでいるような気がします。

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