2020年11月29日 (日)

自殺とコロナ死 


 10月の自殺者数が全国で計2153人となり、昨年同月に比べて約4割増えたことが、警察庁の統計で分かった。自殺者数は7月以降、4か月連続で増えていて、特に女性の自殺者数の大幅増が続いている。

(中略)

  厚生労働大臣指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」(JSCP)は10月に記者会見を開き、コロナ禍の自殺の動向について分析結果を報告。人気俳優の自殺報道や、新型コロナウイルスによる生活環境の変化などが影響している可能性を指摘した。

 このところの一連の記事は、「冷静な行動」とは相反する社会の動きに対しての論評の意味もあります。10月の自殺者だけで、累計のコロナ死に匹敵する被害です。このような影響が出ていることは、痛ましくてなりません。

 下記の記事は、先月のものですので、まだメディアが「冷静」だったときのことですが、今こそ重要なのではないでしょうか。


 加えて、メディアの影響も無視はできまい。国際政治学者の三浦瑠麗さんの話に耳を傾けたい。

「失業率が年内に4%にまで上昇する、というのが大方のエコノミストたちの予測値で、一つのメルクマール(指標)になると思います。ただ、経済への影響は政府の姿勢や人々の行動によっても変化します。直接的な休業要請による被害だけでなく、経済の“気”の部分が損なわれているのが大きいのです。ほとんどのエコノミストは緊急事態宣言発令当初、V字回復やU字回復を前提としていました。自粛した分の反動消費も起きると考えたのでしょう。でも現実には、感染自体は楽観シナリオで抑えられても消費は低迷し、経済は悲観シナリオに沿って進みそうだ、というのが私の感触です。自殺者数は失業率が1%ポイント上昇するごとに4千人増える、という相関があるので、8千人程度増える可能性がある。一番悲観的な予測では、年明けまでに失業率が6%に達するとされていて、そうなれば自殺者は1万6千人も増えてしまいます」

 ところが感染を怖がる人が多いわりに、命を左右する経済に無頓着な人が多いが、三浦さんいわく、

「自殺者数はすぐ目の前には示されないので、感染による死者にくらべて無視されやすい。しかも日本では、コロナが死因でない人も感染していればコロナによる死者数に算入され、水増しされています。さらに失業しない人のほうが多いため、自分も失業するかも、という恐怖感が足りず、共感されにくい。それでもいまのところ、社会全体にとっては経済のダメージによる死のほうが、明らかに深刻な問題です。そして、メディアが感染に対する恐怖を煽り続けるかぎり、冷え込んだ消費は戻らないし、そうした報道が止んでも、行われた恐怖キャンペーンは人々の頭に長く残ります」

 無頓着の理由としては、「恐怖を煽り続ける」ことの利益があるということもあるのではないかというのが、これまでの仮説です。真の動機はさておき、そういう行動の影響は深刻なものがあります。知見が得られたあとのこういった行動の継続は、社会や公衆衛生対策への信頼も損ないます。「直接的な休業要請による被害」については、無視という方法もあるでしょうし、首長の行動に対しての自治体議員の良識が期待されるでしょう。

 しかし、キャンペーンの主犯に対してはなかなか難しいですね。今や第4の権力の暴走こそが最も社会にとって危険なのかもしれません。

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2020年11月28日 (土)

残念ながら ~時間短縮要請で遠のく「冷静な判断」~


 新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、東京都は、酒を提供する飲食店などに対し、営業時間を午後10時までに短縮するよう要請する方針を固めました。期間は、今週土曜日、11月28日から12月17日までの20日間で、応じた事業者には1日2万円、最大で40万円の協力金を支給するということです。

 あーあ。やってしまいました。

 これで、大量の公金を投入し、正常な経済活動を阻害した責任が生じます。2月~6月くらいまでの間ならさておき、様々な知見が得られた後の判断ですからね。正当化できないですよね。似たような動きは、あちこちにあるようですので、収拾がつかなくなりますね。

 こうなると怖いのが、自らの行った対策を正当化するために、怖い病気だと偽装する動きが出てくること。

 まあ、現在のところ、海外では、日本と2ケタ違う被害が出ている国もあるので、そこらへんを強調するのでしょうね。(そういった状況は、ウイルスサーベイランス等で、きちんと科学的に実態を見るべきなのですが。)

 

 

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2020年11月24日 (火)

今こそ指定感染症の位置づけの変更を!

 さて、「第3波」と騒がれ、気温が下がるにつれ症例が増えてきたこそ、行わなければならないこと。指定感染症の位置づけの変更です。

 毒性の弱いウイルスに対し、過剰な対策を取ることにより、医療体制、保健所の体制、それぞれにダメージを与えます。インフォデミックは、今まで必死にがんばってきた高齢者施設などの運営にもダメージを与える可能性は高いものがあります。

 笑うのは、インフォデミックで利益を得ている人達。具体的には、現状のウイルスであれば(新規に監視すべき株が明らかとなるまで)5類相当の対策とすることです。

 5類相当とは、インフルエンザや麻疹などが該当します。麻疹も相当危ない感染症ですが、放置されているわけではなく、適切に監視されています。医療崩壊が監視できなくなるなどというのは当たらないと考えます。今回は、その観点からの記事をいくつか紹介したいと思います。

 次の記事は、9月の保健所への届け出条件の変更をした際、それを肯定的に評価している記事です。

 新型コロナは今こそ「指定感染症」から外すべき理由

 こちらの記事は、現行のように、検査で患者をあぶりだし、入院という形で対処すること自体を「医療資源の無駄遣い」としています。筆者の方は、医療経営が専門の医師の方ですが、65歳以上は軽症も含めて全て入院という現行ルール(記事にはその記述はありません)は、「医療資源の無駄遣い」との指摘も十分に理解できます。9月の医療体制の切り替えは、相談の枠組みが変わっただけで、強制入院も含めた「医療体制の無駄遣い」はまだ手付かずです。無症候者に対する大量検査と集団隔離は、倫理的な問題がないのかとも私は指摘しましたが、この記事のように効率的にも無駄と判断される人もいるということです。

 なお、この問題に対する態度は、特に自治体の首長の真の人権意識や権力の乱用傾向に対する試金石となると考えます。人を閉じ込める権力を手放したくない首長は、指定感染症の変更に大反対するでしょう。

 次の記事は、政権移行時に、指定感染症の取り扱いの変更をいち早く求めた記事です。結局、そうならなかったのですが、盛んに煽られている今こそこの対応が重要です。

 新政権はまず新型コロナ「指定感染症」の解除を

 この記事では、私の主張と同様に季節性インフルエンザ並みの対応で良いとしています。理由として、「足元までのデータで確認される限り、新型コロナは2類や1類に該当するほど危険性が高くなかった」「医療崩壊を防ぐためである。」「国民の疲弊が見すごせないレベルに達している」の3点を挙げています。3点目は、指定感染症との位置づけが影響するというのは、「萎縮心理」など心理的な影響が強い要素がありますが、そういった分析はエコノミストならではだなと。

 次の記事は、ノンフィクションライターの記事で、ちょっともろ手を挙げて賛成ではありませんが。例えが身近でわかりやすいので紹介します。

 いいことずくめの新型コロナ「指定感染症解除」に、厚労省が後ろ向きなワケ

 この記事では、5類相当にという議論に対し、「コロナを過小評価させて経済を優先させるつもりだろ!そんなバカな真似をしたら、死者が42万人に膨れ上がるぞ!」「“解除論者”の自宅の玄関に「人殺し」などという張り紙をしたくなる方」を「「経済より命を守れ」派」として、その人達にも悪い話ではないといいます。

 マスコミが毎日のように報じる「このままいけばベッド数が足りません」という不安は、実はカップ麺やサキイカを買うために宿泊療養施設を抜け出すような、軽症患者たちまで感染症法に基づいてベッドに寝かせていることが原因として大きい。コロナを「第二類相当の指定感染症」から外せば、本当に治療が必要な重症患者に医療資源を集中できるのだ。

 この観点は、一番目の記事と同じ観点ですね。また検査についても触れています。

 さらに言ってしまうと、「経済より命を守れ」派の人たちが渇望している「いつでも、どこでも、何度でも」というPCR検査体制の拡大も、「指定感染症から外す」ことで難なく実現できる。

 8月5日、日本医師会は政府に『新型コロナウイルス感染症の今後の感染拡大を見据えた PCR等検査体制の更なる拡大・充実のための緊急提言』を提出した。その中で、今よりPCRの検査の数を増やすためには、以下のようなことが必要だと述べている。

「PCR等検査実施の委託契約(集合・個別)の必要がないことの明確化」

 現行のPCR検査は基本保健所からの委託という形を取っています。日本の社会保障が保険原理で来ているのは、大量の業務に行政が対応できないからという側面もあります。措置で行われていた介護が保険に以降したのもしかり。委託契約では大量の対処は行えません。そのことに関してこれまたわかりやすい例え話を紹介しています。

 あるところに、社員がバタバタと倒れるハードなブラック企業がありました。あまり社員から文句が出るので、社長は「だったら下請けを使え!これならお前らの負担も減るから、今よりたくさん仕事ができるだろ」と言って、社員の仕事をどんどん下請けに丸投げするようにしました――。

 そこで想像していただきたい。この企業の社員たちはラクになっただろうか。答えはノーだ。丸投げとはいえ、仕事を委託するわけだから、基本的にはマネジメントはこちらがやらなくてはいけない。委託先から報告を受けて、その情報を集約するという新たな仕事も生まれる。つまり、どんなに下請けを活用しても、さばくことができる仕事量には限界があるのだ。

 この辺りの感覚は、特に革新系と呼ばれる方々に欠けている感覚ですね。この後のこの記事の厚労省の態度の分析は、ちょっとどうかなと思うので、紹介はしませんが、判断の遅れは批判されるべきものです。私も以前、判断の遅れは言い訳が成り立ちがちと書いたことがありました。

 今こそ、5類相当への対策の切り替えが重要です。

 

 

 

 

 

 

 

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2020年11月23日 (月)

7段階モデルのその後

 さて、これまで「煽り」への批判を書いてきたわけですが、ではこの感染症に対してどのように向き合えば良いのでしょうか。

 少し前ですが、以前紹介した「7段階モデル」の高橋泰教授へのインタビュー記事がまた掲載されていました。

https://toyokeizai.net/articles/-/386189

 前回の記事以降、新たな知見が加わり、モデルの修正を行ったとの由。後遺症が生じる状態について主にステージ4、5において血栓が生じることから説明をしています。多くの人が軽症に終わるという事実を知ったとしても、後遺症が生じることを理由に、いろいろ言う人がいるようですので、それも統計的に少ないとすることは重要ですね。

 この記事で、そうだなと思ったのは、欧州の状況で変異への警戒を言っていること。ウイルスの性状の変化を調べるウイルスサーベイランスはこういった変異の激しいウイルスには重要なはずなのですが、政治問題化しているPCR検査拡充にエネルギーを取られ、蔑ろにならないかが心配です。

 また、強毒のウイルスが流行した際、弱毒のときにオーバーな対策を取っていると、対策が徹底できなくなることも心配ですね。

 

 

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2020年11月22日 (日)

煽りのもう一つの手口 ~「高齢者」の死亡をどう捉えるべきか~

 昨日、紹介した浅川氏の記事では、もう一つ興味深い視点が示されています。高齢者に対する視点です。

 このテーマ、論じるには、非常にリスキーなテーマなので、福祉ジャーナリストとの肩書ならではと感心しました。

 前提として認知症高齢者をはじめとした面会制限など、高齢者のQOLに外出、面会交流制限の悪影響が生じていることを述べています。

グラフ

 そして亡くなる高齢者の比率を比較すると、コロナとそれ以外の全死者との比率に変わりがないことを示しています。

 そして、「老衰末期の高齢者が、陽性反応だったために「コロナ死」として算定されているケースも多いだろう。」と喝破しています。

 高齢者のリスクが高い、それは事実です。それがために、ちょっとした発熱でも慎重に検査が行われるでしょう。そして偽陽性もあるPCR検査。結果、コロナ死の数が増える。さらに面会制限や休業などの高齢者施設等の感染対策が強化される。高齢者のQOLや健康に更なる悪影響が生じるといった負の連鎖が危惧されます。

  厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症の“いま”についての10の知識」では、「新型コロナウイルス感染症と診断された人のうち、重症化しやすいのはどんな人ですか。」のQに対し、高齢者を掲げ、わざわざ90歳以上の年齢区分を作り、重症化率が78倍と強調しています。これって、当たり前だよねというのが上のグラフ。(ちなみに「10の知識」の厚労省の元データは「8割おじさん」を自称された(?)西浦教授の提出資料からだそうです。)

 超高齢者はどんな病気も(例え「ただの風邪」だろうと)リスクなのです。それが故に、日本の高齢者施設は、インフルエンザシーズンなどは、極めて強い警戒心で感染防止に取り組んでいました。それでも生活の場、感染リスクをゼロにすることなど不可能です。そして検査の投入による掘り起し。高齢者施設への検査強化などの対策は、実際には、高齢者のQOLに対して真逆の結果が生じていることが危惧されます。

 90歳以上の超高齢者を使うのは、もう一つ煽りの手口と言えるでしょう。感染対策だけを考え人々を幸せを考えない。それがもう一つのこの手口の背景にあるのではないでしょうか。

 

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2020年11月21日 (土)

盛んに煽られている今こそ ~コロナ死者数が少ないことをどう考えるか~

 「新型コロナウイルス感染症の拡大が止まりません!」という叫び声に近いニュース番組。明らかに煽りです。

 特定業種への利益誘導に近い政策は、必ずしも支持はしないのですが、その見直しも提言されたようです。

 検査を乱発し数を増やしたうえで危機感を煽り、バランスを崩した対策を展開する。専門家たちも他の死亡要因を無視した形で、対策を自己目的化しているようにしか見えません。

 コロナに対して警鐘を鳴らすことで簡単に注目を浴びることが出来るという意味で、コロナ騒ぎで大きな利益を得ている人達がいます。一見良心的に見える彼らの「煽り」で社会や日々の生活が彼らによって壊されていくとしたら・・・。

 下記の記事は、福祉ジャーナリストの浅川澄一氏の記事です。

https://diamond.jp/articles/-/252534

まず、毎日発表される感染者数。数字に一喜一憂しているのが現実。実は、検査体制や検査数に大きく影響されかねない。全体動向を把握するには、動かしがたい事実、死者数でみるべきだろう。

 まず感染者数の公表、これも問題です。これを行うために、どれだけのエネルギーが費やされているか。行政が施設や個別店舗などの個別の公表を勝手に行うことや公表の強要などは犯罪に近いと言うべきでしょう。公表された数字や事実等で、安易に記事を作成でき、「絵」が撮れる、数字が取れる。煽りの背景ではないでしょうか。

 死者数で見ると言っても、他の死因と比較すべきとの観点も提示されています。誤嚥性肺炎、自宅浴槽での溺死、インフルエンザ、交通事故死に比べて新型コロナウイルス感染症の死者数が圧倒的に少ないことが示されています。

グラフ

 誤嚥性肺炎が危険だから、口から食べるのをやめましょう。お風呂に入るのをやめましょう、交通事故が危ないから外出を自粛しましょうと言いますか?との観点も示されています。

 ここで誤解をしてはいけないのは、対策を打つこと自体を否定しているものではないということ。(ただの風邪論とは違う)バランスが問題なんですね。

 では、何が問題なのでしょう。今回、私は「煽り」との表現を使っています。リスクコミュニケーション、クライシスコミュニケーションが問題なのでしょう。

 その当事者である人達が自らの利益に囚われて、本来と真逆の方向に進んでいるとは言いませんが、結果、良くない方向に進んでいるような気がします。

 特に報道には相応の批判と監視が必要でしょう。報道の自由の美名の元、野放しだとの前提で、視聴者は受け止める必要があります。それもメディアリテラシーというべきでしょうか。自殺報道のでもガイドラインを守らない報道は数多くあります。報道の自浄作用はほとんど期待できないかなと。

 

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2020年10月17日 (土)

帰路 ~滋賀に行きました!その24~

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 米原でレンタカーを返却し、新幹線で帰路につきます。

 途中で買った棒寿司をいただきながら。

 地ビールなどもいただきながらの帰り道。

 今では、こんな楽しみもなかなかできませんね。(記事の最初に戻る

滋賀に行きました!記事一覧

 滋賀に行きました!
 木之本駅 ~滋賀に行きました!その2~
 ポストの上の兜 ~滋賀に行きました!その3~
 江北図書館 ~滋賀に行きました!その4~
 くつわの森 ~滋賀に行きました!その5~
 みちくさ ~滋賀に行きました!その6~
 きのもと交遊館 ~滋賀に行きました!その7~
 街道 ~滋賀に行きました!その8~
 馬宿 平四郎 ~滋賀に行きました!その9~
 長浜 ~滋賀に行きました!その10~
 黒壁ガラス館 ~滋賀に行きました!その11~
 浄琳寺 ~滋賀に行きました!その12~
 のっぺいうどん ~滋賀に行きました!その13~
 ひこにゃん ~滋賀に行きました!その14~
 天秤櫓 ~滋賀に行きました!その15~
 彦根城 ~滋賀に行きました!その16~
 近江ちゃんぽん ~滋賀に行きました!その17~
 井伊直政公像 ~滋賀に行きました!その18~
 彦根市のマンホール ~滋賀に行きました!その19~
 里湯昔話 雄山荘 ~滋賀に行きました!その20~
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 ピエリ守山 ~滋賀に行きました!その22~
 ドクターイエロー ~滋賀に行きました!その23~
 帰路 ~滋賀に行きました!その24~

 

 

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