2017年10月20日 (金)

東京ラーメン 大番に行きました!

東京ラーメン 大番

 実は、この写真の方は裏口で、通りに面した方が入口なのですが。写真を撮った方が駅の側なので、こちらから撮ってしまいました。

 この大番のコテ丸というラーメンが、中野区の認定観光資源認定されています。

 そのコテ丸を早速いただきました。

 今回は、餃子、ライスとのセットでしたが、スープがコッテリしてライスのおかずになるような感じ。

 しかし、食後に残るようなしつこさもない不思議な感触です。

 一度お試しあれ。

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星評価 ★★ ★

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2017年10月19日 (木)

2015蓼科山

 ついこの間のような気もしますが。

 冬の気配を感じる山行でした。

山行の記事一覧

 蓼科山に行きました!その1 ドタバタ
 信玄棒道 ~蓼科山に行きました!その2~
 親湯の薬師如来堂 ~蓼科山に行きました!その3~
 女神茶屋へ ~蓼科山へ行きました!その4~
 蓼科山頂へ ~蓼科山へ行きました!その5~
 蓼科山頂の祠 ~蓼科山に行きました!その6~
 夕景の蓼科山頂上 ~蓼科山に行きました!その7~
 蓼科山頂ヒュッテ ~蓼科山に行きました!その8~
 朝の霧氷 ~蓼科山に行きました!その9~
 出発 ~蓼科山に行きました!その10~
 双子山にて ~蓼科山に行きました!その11~
 双子池 ~蓼科山に行きました!その12~
 亀甲池へ ~蓼科山に行きました!その13~
 北横岳へ ~蓼科山に行きました!その14~
 下山 ~蓼科山に行きました!その15~

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2017年10月18日 (水)

全生庵 ~谷根千を歩きました!その14~

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 黄金の大観音が目立つ墓苑のあるこの寺は、全生庵。幕末の三舟の一人、山岡鉄舟が、幕末・維新の時代に、国事に殉じた人々を弔うために、建立したとのこと。

 幕末の三舟とは、幕末から明治初期に活躍した幕臣、勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟の3人。江戸の無血開城の際、西郷隆盛との交渉に携わった3人です。正確には、高橋泥舟は、関わっていなかったようですが。

 無血開城に先立ち、勝海舟は、徳川慶喜から戦後処理を一任されます。勝海舟と西郷の会談に先立ち、駿府に駐留していた官軍のもとに書を送ろうとして、高橋泥舟を派遣しようとしたが、当時、泥舟は遊撃隊頭取となっており、慶喜の警固から離れることができなかった。

 泥舟の推薦したのが、義弟の山岡鉄舟。鉄舟は、単身、駿府に乗り込み、西郷と会見。西郷は、慶喜を備前藩に預けるとの条件を提示したが、それを拒否。

 死を覚悟して最後まで主君への忠義を貫かんとする赤誠に触れ、心を動かされ、慶喜の身の安全を保証したとの由。

 西郷は、その人柄を評し、「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と称賛したとのこと。西郷と相通じるものがあったのかもしれません。

 こちらには、山岡鉄舟のほか、三遊亭圓朝、「春よこい」を作曲した弘田龍太郎の墓があります。

 三遊亭圓朝というと、以前、旧居跡を訪れたことがありました。落語の中興の祖であり、明治の言文一致運動にも大きな影響を与えた人です。

 この寺には、三遊亭圓朝のコレクションの幽霊画が保管されており、毎年命日の近くに公開されるとのこと。また、落語協会や円楽一門がそのころ、イベントを開催しているそうです。

谷根千を歩きました記事一覧

 谷根千を歩きました!
 太田道灌像 ~谷根千を歩きました!その2~
 御殿坂 ~谷根千を歩きました!その3~
 谷中名水 ~谷根千を歩きました!その4~
 幸田露伴住居跡 ~谷根千を歩きました!その5~
 経王寺 ~谷根千を歩きました!その6~
 朝倉彫塑館 ~谷根千を歩きました!その7~
 古い家のある風景 ~谷根千を歩きました!その8~
 観音寺 ~谷根千を歩きました!その9~

 

 

 

 

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2017年10月17日 (火)

ハヤシ屋中野荘に行きました!

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 中野のふれあいロードにある洋食屋です。

 運営会社のホームページを見たら、2009年3月にオープンしていますね。この近辺で店舗を展開しているお店のようで、前に飲みに行ったお店なんかも運営しているようです。

 オムハヤシは、卵を3個使っているとのこと。少し味が濃かったですが、卵はしっかりとして美味しかったです。

 このあたりは、飲み屋街ではありますが、洋食などもチラホロとあるんですよね。

星評価 ★★

 

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2017年10月16日 (月)

森鴎外記念館 ~谷根千を歩きました!その13~

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 谷中銀座は、人で賑わっていました。通りは、よみせ通りに入り、三崎坂に出ます。その後、千駄木を越えて、森鴎外記念館に行きました。

 森鴎外というと、夏目漱石と並ぶ明治の文豪として有名です。夏目漱石は記念館が先月無事オープンしたようですが、こちらは以前からあったようですね。漱石の方は、以前、早稲田から飯田橋まで歩いた際(オープン前でしたが)訪れました

 森鴎外記念館のある場所は、森鴎外の旧宅となっており、観潮楼と名付けていたそうです。

 つまり海が見えたということ。

 明治の時代は、海が近かったこともあるのでしょうが、建物などもなかったのでしょう。

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 会館にある木は往時からのものだとか。この樹も海を見ていたのでしょうか。(次の記事へ

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 加納院 ~谷根千を歩きました!その10~
 岡倉天心記念公園 ~谷根千を歩きました!その11~
 夕焼けだんだん ~谷根千を歩きました!その12~
 森鴎外記念館 ~谷根千を歩きました!その13~
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2017年10月15日 (日)

夕焼けだんだん ~谷根千を歩きました!その12~

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 なんのことはない階段ですが、谷中銀座商店街の入り口として名高い「夕焼けだんだん」です。

 実は、階段から谷中銀座を見下ろす風景が有名とのことで、夕焼けもかなりきれいだとの由。

 この日は見当たりませんでしたが、ネコが集まることもあるとのことで、夕焼けにゃんにゃんといこともある?それって、昔の有名なアイドル番組では?(次の記事へ

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2017年10月14日 (土)

サフランの発芽と残りの球根の植え付け

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 赤い矢印の先に白い芽が出ています。

 2番目に浅く植えた方のプランターが月曜日に発芽しました。

 深く植えた方は、いまだに変化がありません。

 この後、小粒土をさらにかけて、増土しましたが、うまくいくでしょうか。

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 さらに2つ残っていた球根も植えることにしました。

 鉢底石を敷き、その上に堆肥の塊を崩したものを置きます。その上に大粒石を敷き、小粒土で整えた後、球根を置きます。

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 その後、大粒土を球根の周りに入れます。鉢の縁の方に堆肥を少し入れます。

 最後に、小粒土で覆って完成。

 もう一つのプランターも同様に植えましたが、鉢底石の段階で、堆肥がなくなったので、鉢の縁には、堆肥は入れませんでした。

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 どちらも2個目のプランターよりは、土量が多くなったようですが、まだ増土できそうな感じです。

2017サフランの記事

 サフランの球根を植えました!
 サフラン2個目の球根を植えました!

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